前回ちらっと書いたインフルエンザ研究のことを書いてみよう。
2人の研究者がそれぞれ別個に感染性の強い鳥インフルエンザウイルスを作ってしまった(正確には結果的にそういうものが出来てしまったということだが)、という話しの続々編となる。この研究成果を科学雑誌に投稿したら、悪用される危険性があるからと掲載をペンディングされていた。そして先週、このペンディング騒ぎにある進展があった。
と言っても掲載の可否について結論が出されたのではない。結論が出る前に、投稿した当の2名を含むインフルエンザ研究に関与する著名な39人の研究者が、先週の科学雑誌Natureに連名で声明を出した。朝日新聞で取り上げられたからもうご存じの方も多いだろう。
少しだけその声明の内容に触れておきたい。まず、論文掲載の件は著者自らが論文投稿を取り下げた。発表することは大きなメリットがあると考えるが、今は発表するのは止めにしますということだ。そして、当面60日間、39人の研究者がインフルエンザの研究を中止するという。その間に、今回のような社会へ大きな危険性を含んだ研究のあり方、成果の取り扱い方について、国際レベルで関係者と協議を開始する、という内容だ。
なるほど。一番問題が少ない理想的な形にことが一歩進んだという感じだ。今回のゴタゴタにはいろんな意見がある。論文の詳細を公表したらえらいことになるぞ、いやインフルエンザの制御には結局公表する方が望ましい、そもそもそんな研究をした研究者こそけしからんじゃないか、などなど。そんな大騒ぎの最終結論を、特定の誰か(雑誌発行社)に委ねてしまうのではなく、生命科学に関わるみんなできちんとこの問題について解決策を考えよう、ということである。
==============
さて、ことはインフルエンザウイルスの研究者に留まらない。人に病気を引き起こす微生物を研究する者にとって、今回の出来事は深刻な問題である。病原微生物の予防・治療・診断法を開発するには、なぜその微生物が病気を引き起こすかという命題を明らかにする必要が、どうしてもでてくる。一方で、なぜ病気を引き起こすかを明らかにしていけば、普通の菌を病原菌に作り替える方法が次第に見えてきてしまう。それは決して研究者の望んでいることではないにしてもだ。
そんな研究は禁止してしまえと言う考え方ももあるかもしれない。しかし私には、それを完全にストップして感染症と闘う手段が見えてくるとはとうてい思えない。水の中に落ちた金貨を拾うのに、手を濡らさずに拾えと言われるのと同じである。そもそも金貨を拾うのを諦めろというのなら別だが。
今回のように科学の発展が必ずしも社会に良い影響だけもたらすものではないことは前にも触れた。そして情報の溢れる現代社会において情報開示のあり方は、以前にも増して注意を必要とする。今回に類似した問題は近いうちにまた出てくるだろう。そして私たちは、目的のため取る手段がどこまでが許されるものなのか、出てくるだろう研究成果をどのように扱うべきか、社会に対する責任感を持って注意深く考えた上で、研究に着手することになるだろう。
2012年01月28日
2012年01月22日
なかなか楽しい1週間だった、が、、、
先週はアメリカから来ているTimと、ずーと一緒に過ごした。といっても文字取りのずーっとではない。日々、片付けなければならないことをこなしながら、それ以外の時間はほぼ一緒に過ごした、ということだ。
そんな中で感じたのは、人と人との間合い、というものだ。お互い違う言語を話すものとして、例え表面上スムースにコミュニケーションしていても、次第に袋小路のようなところに向かっているな、と感じる時がある。なんとなくそんなムードが漂い始めたな、と感じた時、すっと話題を変えることで、袋小路に迷い込むことなく、お互い健全な間合いをキープできる。こうやって袋小路を回避すれば、長く一緒にいても気まずさを感じることが少ない。
Timはそんな間合い取りの達人だと思った。これは社交性高きアメリカ人の特性だろうか。それともTimの人柄だろうか。よくはわからないがとにかく大変勉強になった。
勉強させてもらってばかりでは申し訳ないので、日曜日は自宅に招いておもてなしをした。いろんなものを食べたり飲んだりしながら、やはり適正な距離を保ちつつ、とても楽しい時間を過ごすことができた。
そんな1週間が終わると、いくら楽しかったとは言っても、結構疲れが溜まっている。そういえば前から取り上げてきたインフルエンザの論文について、意外な形で新たな進展が見られた。
ただ、もうそれについて書く元気はない。それは次回に回させてもらって、今日はゆっくり休ませてもらいます。。。
そんな中で感じたのは、人と人との間合い、というものだ。お互い違う言語を話すものとして、例え表面上スムースにコミュニケーションしていても、次第に袋小路のようなところに向かっているな、と感じる時がある。なんとなくそんなムードが漂い始めたな、と感じた時、すっと話題を変えることで、袋小路に迷い込むことなく、お互い健全な間合いをキープできる。こうやって袋小路を回避すれば、長く一緒にいても気まずさを感じることが少ない。
Timはそんな間合い取りの達人だと思った。これは社交性高きアメリカ人の特性だろうか。それともTimの人柄だろうか。よくはわからないがとにかく大変勉強になった。
勉強させてもらってばかりでは申し訳ないので、日曜日は自宅に招いておもてなしをした。いろんなものを食べたり飲んだりしながら、やはり適正な距離を保ちつつ、とても楽しい時間を過ごすことができた。
そんな1週間が終わると、いくら楽しかったとは言っても、結構疲れが溜まっている。そういえば前から取り上げてきたインフルエンザの論文について、意外な形で新たな進展が見られた。
ただ、もうそれについて書く元気はない。それは次回に回させてもらって、今日はゆっくり休ませてもらいます。。。
2012年01月15日
Prof. Timothy P. Yoshino
前に少し書いたが、1月5日からアメリカ・ウィスコンシン大学のヨシノ教授が府大に来ている。
来日してから10日。既に、学部生への英語講義(寄生虫性ズーノーシス)を1回、学内でのセミナーを2回してもらった。なかなか気さくな人柄で、誰とでもフレンドリーに話をしてくれるので、お世話役を引き受けている身としてはとてもやりやすい。自ら積極的に学生たちと話す機会を作ってくれるし、来るもの何でも拒まず、というスタンスでいろんな人と接してくれる。それにはなかなか体力もいると思うのだが、いやな顔一つせず前向きに対処してくれる。
ヨシノ教授は日系アメリカ人だ。だから日本の文化や日本人のpersonalityへ理解が深い。「お煮染め」や「ごぼう」など、普通のアメリカ人ならおそらく出会ったことさえないだろう単語が、普通に口から出てくるから驚きだ。
そんな単語は知っていても、いわゆる日系3世なので言語しての日本語はまったく話せない。にも関わらず、英語の拙い学生たちと辛抱強く会話をしてくれる。ゆっくりわかりやすい単語を使って話題を提供して話を引き出し、取っ掛かりができたらそこから話を膨らませていく。なんとか学生たちを会話に引き込み、彼らの英語会話能力上達の役に立つように、本当に心を配ってくれるのだ。
そんな彼を見ていると、ふ〜むと考えさせられる。もし自分が逆の立場だったら同じことができるだろうか。ま、日本人である私が同じような立場に立つことはあり得ないが、英語ではなく何かを外国の学生たちに教える状況ならあり得る。そんな時の自分の立ち振る舞いを考えると、彼から教えられることが非常に多い。
来週は大学院生に朝から夕方まで講義をしてもらう。そして金曜日には締めとしてサイエンスカフェで話をしてもらう。学部生向け、大学院生向けの講義、そしてセミナーとサイエンスカフェ。まったく性質の異なる4種類の講義やセミナーで、経験あるアメリカ人講師がどんなふうに展開していくのか、それを横で見て学ぶことができるのだ。
彼が来日してくれて勉強になったのは、実は学生ではなく私なのかもしれない。そんなことを考えながらこの数日を過ごしている。
来日してから10日。既に、学部生への英語講義(寄生虫性ズーノーシス)を1回、学内でのセミナーを2回してもらった。なかなか気さくな人柄で、誰とでもフレンドリーに話をしてくれるので、お世話役を引き受けている身としてはとてもやりやすい。自ら積極的に学生たちと話す機会を作ってくれるし、来るもの何でも拒まず、というスタンスでいろんな人と接してくれる。それにはなかなか体力もいると思うのだが、いやな顔一つせず前向きに対処してくれる。
ヨシノ教授は日系アメリカ人だ。だから日本の文化や日本人のpersonalityへ理解が深い。「お煮染め」や「ごぼう」など、普通のアメリカ人ならおそらく出会ったことさえないだろう単語が、普通に口から出てくるから驚きだ。
そんな単語は知っていても、いわゆる日系3世なので言語しての日本語はまったく話せない。にも関わらず、英語の拙い学生たちと辛抱強く会話をしてくれる。ゆっくりわかりやすい単語を使って話題を提供して話を引き出し、取っ掛かりができたらそこから話を膨らませていく。なんとか学生たちを会話に引き込み、彼らの英語会話能力上達の役に立つように、本当に心を配ってくれるのだ。
そんな彼を見ていると、ふ〜むと考えさせられる。もし自分が逆の立場だったら同じことができるだろうか。ま、日本人である私が同じような立場に立つことはあり得ないが、英語ではなく何かを外国の学生たちに教える状況ならあり得る。そんな時の自分の立ち振る舞いを考えると、彼から教えられることが非常に多い。
来週は大学院生に朝から夕方まで講義をしてもらう。そして金曜日には締めとしてサイエンスカフェで話をしてもらう。学部生向け、大学院生向けの講義、そしてセミナーとサイエンスカフェ。まったく性質の異なる4種類の講義やセミナーで、経験あるアメリカ人講師がどんなふうに展開していくのか、それを横で見て学ぶことができるのだ。
彼が来日してくれて勉強になったのは、実は学生ではなく私なのかもしれない。そんなことを考えながらこの数日を過ごしている。
2012年01月09日
お久しぶりです
年末からバタバタと時間が流れ、またいろいろと思うところがあって、書き込みが滞っていた。
新しい年も始まり、このブログのあり方も少し変えようと思っている。どのようにするか、まだ考えがまとまっていない。とりあえずは書きながら方向性を探っていくことにしたい。
そして頻度も、これまでほどは更新できないと思う。週に1回ほど、テーマを決めて、ちょっとじっくり書くスタイルに変更するつもり。
それでも良いという方、気が向いたらまたここを訪れてください。
新しい年も始まり、このブログのあり方も少し変えようと思っている。どのようにするか、まだ考えがまとまっていない。とりあえずは書きながら方向性を探っていくことにしたい。
そして頻度も、これまでほどは更新できないと思う。週に1回ほど、テーマを決めて、ちょっとじっくり書くスタイルに変更するつもり。
それでも良いという方、気が向いたらまたここを訪れてください。
2012年01月04日
明けましておめでとうございます
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
今年もよろしくお願いいたします。
2011年12月30日
時間が足りない。。。
29日はお正月に向けてお墓の掃除に行った。
お墓は服部緑地にある。大阪市内からは電車で小1時間。距離にして片道12 km(我が家から)。自転車でちょうど良い距離だ。
12 kmとはいえ、途中で淀川を越えたり新大阪駅を越えなきゃいけないくて、これが結構めんどうでその分時間もかかる。しかし、ま、1時間も走れば着いてしまうので、電車で行くのと変わらない。なら自転車だろう。しかも経済的で健康にも良いときている。
往復約25 km。年末のちょうど良い運動になり、気分もスッキリ。よかったよかった。
さて、お墓では敷地の植木を切り込んだり、なんだかだとやっていたら結局2時間も費やしてしまった。他にお年玉用の新札を替えたり年賀状を買いに行ったりしていると、1日があっと言う間に過ぎていった。年賀状作成も、今年はOfficeを2011に変えたら、去年までの「Entourage」の住所録がそのままでは使えないことがわかり、その乗せ換え作業でまたまた時間が費やされてしまった。
ピンチだ。今年も残すところわずか。年賀状を完成させて、年末の買い物をして、自宅の大掃除をして、、、、。果たして年内にすべてが終わるのか?
ムリムリ。無理です、どう考えても。ま、できるとこだけ適当にやって、年末を迎えることにしましょ。
お墓は服部緑地にある。大阪市内からは電車で小1時間。距離にして片道12 km(我が家から)。自転車でちょうど良い距離だ。
12 kmとはいえ、途中で淀川を越えたり新大阪駅を越えなきゃいけないくて、これが結構めんどうでその分時間もかかる。しかし、ま、1時間も走れば着いてしまうので、電車で行くのと変わらない。なら自転車だろう。しかも経済的で健康にも良いときている。
往復約25 km。年末のちょうど良い運動になり、気分もスッキリ。よかったよかった。
さて、お墓では敷地の植木を切り込んだり、なんだかだとやっていたら結局2時間も費やしてしまった。他にお年玉用の新札を替えたり年賀状を買いに行ったりしていると、1日があっと言う間に過ぎていった。年賀状作成も、今年はOfficeを2011に変えたら、去年までの「Entourage」の住所録がそのままでは使えないことがわかり、その乗せ換え作業でまたまた時間が費やされてしまった。
ピンチだ。今年も残すところわずか。年賀状を完成させて、年末の買い物をして、自宅の大掃除をして、、、、。果たして年内にすべてが終わるのか?
ムリムリ。無理です、どう考えても。ま、できるとこだけ適当にやって、年末を迎えることにしましょ。
2011年12月28日
ラボの大掃除も終わった。。。
昨日はラボの大掃除。
掃除と言っても、基本は整理だ。日頃の実験・業務の中で溜まった「アカ」のようなものを、捨てるものは捨てる、残すものは残す、と整理する。また日頃はできないCO2インキュベーターなどを徹底的に掃除する。
実験室は他の先生方に任せ、私は居室を担当。空き机に山積みとなったカタログやチラシをバッサバッサと処分したり、コタニッチと流しを、2号とは床をピカピカに磨きあげた。
キレイになったラボは気持ち良い。これでようやく年を越すという雰囲気が満ち満ちてきたぞ。
今日28日は4年生の初・文献紹介があり、それで公式には仕事納めとなる。その結果はまた次回。
掃除と言っても、基本は整理だ。日頃の実験・業務の中で溜まった「アカ」のようなものを、捨てるものは捨てる、残すものは残す、と整理する。また日頃はできないCO2インキュベーターなどを徹底的に掃除する。
実験室は他の先生方に任せ、私は居室を担当。空き机に山積みとなったカタログやチラシをバッサバッサと処分したり、コタニッチと流しを、2号とは床をピカピカに磨きあげた。
キレイになったラボは気持ち良い。これでようやく年を越すという雰囲気が満ち満ちてきたぞ。
今日28日は4年生の初・文献紹介があり、それで公式には仕事納めとなる。その結果はまた次回。
2011年12月27日
ヨシノ先生によるサイエンス・カフェ
久しぶりにサイエンス・カフェの案内ができる。来年1月20日に、Wisconsin大学マディソン校のTimothy P. Yoshino教授が話をしてくれることになった。
カフェのために日本に来てくれる、と言えれば格好良いのだがそうではない。大阪府立大学の外国人招へい事業の中で来てくれるのだ。これは、学部生・院生の実践的英語能力の向上を目的とする事業で、一定期間来学して学部・大学院教育に携わってくれる外国人研究者の招へいを支援するものだ。今回、知人の紹介で寄生虫学を専門とするヨシノ先生を招へいすることになった。
せっかくなので「サイエンス・カフェという企画をやっているんだけど、そこで話してくれません?」と頼んだら快諾してくれたというわけだ。詳細は以下の通り。
第12回サイエンス・カフェ at りんくうタウン
日時:平成24年1月20日(金)午後4時から
場所:大阪府立大学りんくうキャンパス獣医学舎
ゲスト:Prof. Timothy P. Yoshino(University of Wisconsin)
タイトル:My Life as a Parasitologist (and why I never get invited out to dinner)
これから寄生虫学を学ぶ学生さん、寄生虫の生態に興味を持ち、研究畑に進もうかと考えている方、是非ご参加ください。
カフェのために日本に来てくれる、と言えれば格好良いのだがそうではない。大阪府立大学の外国人招へい事業の中で来てくれるのだ。これは、学部生・院生の実践的英語能力の向上を目的とする事業で、一定期間来学して学部・大学院教育に携わってくれる外国人研究者の招へいを支援するものだ。今回、知人の紹介で寄生虫学を専門とするヨシノ先生を招へいすることになった。
せっかくなので「サイエンス・カフェという企画をやっているんだけど、そこで話してくれません?」と頼んだら快諾してくれたというわけだ。詳細は以下の通り。
第12回サイエンス・カフェ at りんくうタウン
日時:平成24年1月20日(金)午後4時から
場所:大阪府立大学りんくうキャンパス獣医学舎
ゲスト:Prof. Timothy P. Yoshino(University of Wisconsin)
タイトル:My Life as a Parasitologist (and why I never get invited out to dinner)
これから寄生虫学を学ぶ学生さん、寄生虫の生態に興味を持ち、研究畑に進もうかと考えている方、是非ご参加ください。
2011年12月24日
Everybody's Fine
年末に向けて大きな懸念だった仕事が21日に一段落した。翌22日は忘年会。それほど飲んだわけでもないのに疲れが残っていて、23日は家でゆっくり過ごした。
たまたま録画していた映画があった。タイトルは「みんな元気」。ふざけているような題名だけど、原題も「Everybody's Fine」なのである。ハリウッド映画で、2009年公開。日本では劇場未公開であった。予告編を見るとなんとなくコメディーチックだ。まあそれでも見てみるか、と思った。
もともとあの「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレが監督・脚本した作品の焼き直しらしい。そこで名優マルチェロ・マストロヤンニが演じた主人公(父親)を、このハリウッド版ではロバート・デ・ニーロが演じているらしい。ロバートは私の大好きな俳優だ。どんな演技をするのか楽しみだった。
そして見終わって、感想は、、、ただただ良かった。予告編から来る印象と、内容はまったく違った。ロバートが、主人公フランクをみごとにアメリカ的に演じている。勘違いしないで欲しい。おちゃらけ、ドタバタ、ドカーンと派手さが有名なハリウッド的ではない。アメリカ的なのだ。
映像は丁寧に作られている。脚本も細かな言葉の仕掛けが随所に見られて楽しい。全体的にシンプルであり、静かに物が語られる。時折エピソードが分かりやすく挿入されるが、さほど大きな展開はない。ただ1つの方向へ、ゆっくり物語が進行し、そして終息する。ただそれだけの映画なのに、目を離すことができず、感情を激しく揺さ振られた。
そこには、私達がかつて憬れた「古き良きアメリカ」があった。アメリカ繁栄を支えた実直で厳格な父親は、その人生で4人の子供達を育てあげた。しかし成長した彼らが生きるアメリカはもはや彼のアメリカではない。時代の変化で複雑化し、多くの問題を抱えている。妻の死をきっかけに自分のテリトリーを離れて初めて、父親はそれが自分の足元を脅かしていることに気付くのだった。そして、自分が正しいと思っていたものが「本当に正しかったのか」という質問を、そこで突き付けられたのだ。しかも、もっとも辛い形で。。。
監督のカーク・ジョーンズはイギリス人だ。彼の作品は初めて見たが、好きな監督だと思った。他の出演はドリュー・バリモア、サム・ロックウェルなど。実力・演技派俳優が名を連ねている。
もしかすると若い方はそれほど良いとは思わないかもしれない。私自身、若かったらこれほど感銘を受けたか分からない。年を取って、子供を育てあげた、そんな熟年の方には是非見ることを薦めたい。とても素適な映画だった。
興味のある人はここやここをご覧ください。年末年始にDVDで楽しまれてはいかがでしょう。。。
たまたま録画していた映画があった。タイトルは「みんな元気」。ふざけているような題名だけど、原題も「Everybody's Fine」なのである。ハリウッド映画で、2009年公開。日本では劇場未公開であった。予告編を見るとなんとなくコメディーチックだ。まあそれでも見てみるか、と思った。
もともとあの「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレが監督・脚本した作品の焼き直しらしい。そこで名優マルチェロ・マストロヤンニが演じた主人公(父親)を、このハリウッド版ではロバート・デ・ニーロが演じているらしい。ロバートは私の大好きな俳優だ。どんな演技をするのか楽しみだった。
そして見終わって、感想は、、、ただただ良かった。予告編から来る印象と、内容はまったく違った。ロバートが、主人公フランクをみごとにアメリカ的に演じている。勘違いしないで欲しい。おちゃらけ、ドタバタ、ドカーンと派手さが有名なハリウッド的ではない。アメリカ的なのだ。
映像は丁寧に作られている。脚本も細かな言葉の仕掛けが随所に見られて楽しい。全体的にシンプルであり、静かに物が語られる。時折エピソードが分かりやすく挿入されるが、さほど大きな展開はない。ただ1つの方向へ、ゆっくり物語が進行し、そして終息する。ただそれだけの映画なのに、目を離すことができず、感情を激しく揺さ振られた。
そこには、私達がかつて憬れた「古き良きアメリカ」があった。アメリカ繁栄を支えた実直で厳格な父親は、その人生で4人の子供達を育てあげた。しかし成長した彼らが生きるアメリカはもはや彼のアメリカではない。時代の変化で複雑化し、多くの問題を抱えている。妻の死をきっかけに自分のテリトリーを離れて初めて、父親はそれが自分の足元を脅かしていることに気付くのだった。そして、自分が正しいと思っていたものが「本当に正しかったのか」という質問を、そこで突き付けられたのだ。しかも、もっとも辛い形で。。。
監督のカーク・ジョーンズはイギリス人だ。彼の作品は初めて見たが、好きな監督だと思った。他の出演はドリュー・バリモア、サム・ロックウェルなど。実力・演技派俳優が名を連ねている。
もしかすると若い方はそれほど良いとは思わないかもしれない。私自身、若かったらこれほど感銘を受けたか分からない。年を取って、子供を育てあげた、そんな熟年の方には是非見ることを薦めたい。とても素適な映画だった。
興味のある人はここやここをご覧ください。年末年始にDVDで楽しまれてはいかがでしょう。。。
クリスマス・シーズンの賑わいと忘年会
今年もあと僅か。いよいよ忘年会シーズン・クリスマス連休に突入した。
いやはやこの時期、大阪の街は人でごった返している。かく言う私も一昨日はその賑わいの中にいた。ラボの忘年会で、なんばパークスの中華バイキング「香港蒸籠」に行ったのだ。
残念ながら急用で1名が欠席。そこへ昔の仲間であった中井さんも参加してくれて総勢11名で、やあ、喰った喰った。最後はもう入りません、勘弁してください、という状態。
また1つ年末の行事が終了し、一歩づつ年が終わりを迎えつつありますー。
いやはやこの時期、大阪の街は人でごった返している。かく言う私も一昨日はその賑わいの中にいた。ラボの忘年会で、なんばパークスの中華バイキング「香港蒸籠」に行ったのだ。
残念ながら急用で1名が欠席。そこへ昔の仲間であった中井さんも参加してくれて総勢11名で、やあ、喰った喰った。最後はもう入りません、勘弁してください、という状態。
また1つ年末の行事が終了し、一歩づつ年が終わりを迎えつつありますー。




