2012年05月27日

ボブ・ディランとバイオリンの駒

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5月24日はボブ・ディランの誕生日だった。

初めてボブの歌を聴いたのは中学生の頃だった。当時、ビートルズとサイモン&ガーファンクルばかり聴いていた私にボブの歌を教えてくれたのは兄の友人だったように思う。しゃがれた声とブルースハープ(ハーモニカ)が印象的だった。こわごわ聴いているうちに、そのメロディに次第に惹かれていったのを思い出す。

本格的に聴き始めたきっかけは「Planet Waves」というアルバムだった。当時コカコーラのキャンペーンで、LPアルバム3枚がもらえるという懸賞に当たった。送られてきたリストの中から、Rolling Stonesの「山羊の頭のスープ」と一緒にこのアルバムを送ってもらった。それをきっかけにその後、「風に吹かれて」や「Mr. Tambourine Man」、「時代は変わる」などの名曲を知ることになる。

そんなボブの詩が、文学的に高く評価されていると知ったのはつい数年前だった。ノーベル文学賞にノミネートされたこともあったと言われている。社会に対する影響力の大きさから、一介のシンガーソングライターに過ぎない彼が(失礼)2008年にはピュリッツアー賞特別賞を受賞してしまった。

そんな彼の詩だが、中学生には難解だった。意味は半分もわからなかった。ふとそのことを思いだし、もう一度彼の詩を読み返してみた。そしてわかったのは(当時はわからなかったのは)、彼の詩の力強さと美しさだ。平易な言葉で深い内容を紡いでいく。時には静かに、時には激しく。ある歌ではきちんと韻を踏み、ある詩では流れるように。

そんなふうに、しばしボブの詩に魅せられ、歌の世界に浸っているうち、ふと久しぶりに楽器を弾きたくなった。長くしまい込んでいたフィドル(バイオリン)を引っ張り出した、が、弦を立てる「駒」が無かった。そう、前に弾こうとしたとき駒が曲がっていて、新しいものに換えなきゃ、という状態そのままになっていたのだ。さっそく梅田に駒を買いに行った。

楽器を弾くには、まずはこの駒を削るところから始めなければいけない。結局、楽器を弾くのは次の機会に持ち越しとなった。次はいつ弾けるだろうか。ところでこの駒を削るという作業、それはそれで楽しい作業でもある。弦と楽器が一体となるように、訂正に少しずつ駒を削ってあげるのだ。

その時はボブの歌を流しながら、ゆっくりと丁寧に駒を削ってやりたいもんだ。


posted by miyake at 22:13| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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