2014年03月25日

やっぱり気になるSTAP細胞

ずっと前から気になっているSTAP細胞。やはり触れずにはいられないので、ちょっと書いてみたい。既にいろんなところでいろんな意見が書かれていて、なにをいまさら、と言われるかもしれない。それはその通りなんだけど、私が気になっているところは、いろんなところの議論とはちょっと違う気がするのである。

まず最初に書いておきたいのは、今回の大騒ぎが極めて異例な報道から始まっているということである。従来、生命科学の大発見で、ここまで大騒ぎになった例は(あまり)ない。それはSTAP細胞なるものが、通常の大発見を凌駕するインパクトがあった(それが事実であればだが)からではあるが、報道発表のあり方そのものが、非常に「特別な形」で行われたからでもあると思っている。

そもそも、科学の世界で大発見があったとき、一般的にどういう経緯を辿ってきたか考えてみよう。まずは有名な雑誌(例えばネーチャー)に論文が載る。そして科学の世界で(例えば有名他紙、サイエンスとかで取り上げられて)大きな話題になる。それを見て、本当だったらすごいね、そういうことがあるんだね、とか言いながら、しだいに研究者の間でも話題になる。この段階で一般の人はそのことにあまり気がついていない。それから何ヶ月かして、その研究に付随する研究や、続報や、同じことをちょっと違う条件でやった研究論文が掲載されるようになる。このぐらいの段階で日本語の科学雑誌(日経サイエンスとかニュートンとか)で大きく取り上げられ、次第に一般の人も広く知るようになる。このような経緯を経て、徐々に徐々に、最初の大発見が事実として科学の世界に定着してきたのだと思う。

ところが今回はこれとはまったく違った経緯を辿った。まず最初の論文発表に合わせて大々的な記者会見が開かれて、ほとんどの新聞社やテレビ局がトップニュースでこれを取り上げた。しかもその報道は消化不足で、「なんだかわからないけど、すごいことが発見されたようです」とキャスター達が興奮気味にしゃべりまくった。この時点では、研究者が持つ情報は、質的にも量的にも一般の人(報道)とあまり変わっておらず、この大発見の内容を十分に吟味することなく研究者がそれについてコメントするという事態になってしまった。

もし、これが従来型の発表パターンをとっていたら、その後のみっともない顛末によってここまで科学の信頼性が失墜することはなかったのではないか。数週間から数ヶ月という時間をかけて、これまで培ってきた自浄作用の中で、いろんな問題点(捏造疑惑)が指摘され、適切な対応が関係者らによってとられていたに違いないからである。もちろんその後でその問題が一般ニュースでも取り上げられることになっただろうが、まるで芸能ニュースと変わらない扱いでこけ下ろされるようなことはなかったのではないか、と思う。

確かにテレビ等で識者が指摘するように「なぜこんな疑惑に周りの研究者やレビューアーが気がつかなかったのだろう」ということは重要だ。しかし同じようなことはこれまでにも(けっこうな大発見の時にでも)数多く起こってきた。そして私たちはそれらをその都度、科学の枠組みの中で適切に処置してきた。コピペや画像の使い回しがやってはならないことではあっても、こことここはダメ、でもこれだけは本当、と、ある一定の時間をかけて科学の公平性と信頼性をなんとか保ってきたのである。

私は今回の騒動で、当事者である小保方氏や共同研究者を擁護するつもりは全くない。彼らには責められる落ち度がありそれに対応する責任がある。また、論文発表における所属機関やピア・レビュー・システムに問題があるという意見ももっともだと思う。ただ、今回の一連の騒ぎには、これまでの科学報道にはない特殊性があり、それに接した一般の人たち(マスメディア関係者を含む)が、過剰に(ある意味で稚拙な)期待を持ったことが(さらにそれが裏切られたことが)、ことを複雑にしたのだと思っている。

20年ほど前に利根川進氏が抗体の多様性の原因を解明したとき、果たして今回のような大騒ぎがあったか。そこには女性研究者やムーミンやカッボウギはなかった。だから大騒ぎにならなかったのか?もちろんそこには「極めて疑わしい偽造の種」はなかった。しかし本当にそれは真実か?という意識(捏造ではなく純粋に科学的な意味で)は何人かの胸にあったのではないか。そして冷静に時をかけて慎重に、発見された出来事の信頼性を評価しようとする姿勢が、そこにはあったのではないだろうか。

つづく。。。


posted by miyake at 15:13| Comment(0) | 科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月30日

アカトンボを見たくなる

世の中には男と女(オスとメス)がいて、それゆえ楽しく複雑な人間関係が生まれる。いや、複雑ではない人もいるかも知れませんが、たいていの人は複雑なはず、、、ですよね?

まあ、そんな複雑さがあるからこそ人生は楽しいわけだが、その基になる「性」を科学的に考えると、かなり深い話になる。なぜ生物界に「性」が生まれたのか、「性差」が発現する機序とはどうなっているのか。こんな性の本質を真っ向から語ろうとすると、これは難しすぎる。

最近、我々にとって身近な、日々の生活で感じる「性差」に関する論文を見かけた。今日はチラリとその話をしてみよう。。

これはアカトンボの話だ。夏、生まれてまもないトンボ(ショウジョウトンボとかアキアカネとか)は、真夏の暑い中、ヒョイヒョイと黄色い体で飛び回っている。けど、秋になるとオスだけ黄色い体が赤くなる。これがいわゆるアカトンボと呼ばれる。じゃあ、なぜオスだけが赤くなるのか。だいたいなんで赤くなるのだろう。

そんな疑問に答を出したのが、産業技術総合研究所と基礎生物学研究所のグループだ。先月の米国アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文の中で、トンボが赤くなるのは、体の中のレドックス反応が関与していることを報告した。

その証明手法はまったく単純だった。赤いのと黄色いの。トンボの体を磨りつぶして成分を比較した。するとアカトンボに特異的な物質が同定できた。それはキサントマチンという色素。この色素は酸化状態と還元状態で色が変わることが知られていた。つまり体の中の酸化還元状態、レドックス状態が色変移を調節していることがわかったわけだ。

ならばと例しに黄色いトンボに還元剤であるビタミンCを注射してみた。するとオスはもちろん、メスさえも数時間でアカトンボのようにまっ赤な色に変化した。

結論、オスが性成熟に至ると体のレドックス状態が還元側へ移行し、色素細胞内のキサントマチンの還元型が増加する。それで還元型キサントマチンの色である、あのようにまっ赤なアカトンボができあがるというわけだ。

じゃあなんでオスだけが、しかも性成熟するに従い体の酸化還元状態が変化するのか。その引き金となるのは何で、なぜオスだけでその引き金が引かれるのか?

この肝心なところがまだわからない。これを早く知りたいものだ。

ちなみに昆虫では性モルモンがないので、性は遺伝子型によって「細胞ごとに」決まるらしい。つまりオスのトンボの細胞はすべてオス細胞で、オス細胞が一斉にキサントマチンを還元型へと変えるということになる。逆にオス遺伝子型細胞であってもオス型細胞になるカスケードに異常が生じると、オス・メス・キメラの個体になるらしい。

おもしろいけど昆虫の生理を知らないものにはわけがわからない。世の中にはまだまだ面白いことがヤマほど隠されてそうです。

ちょっと赤トンボを探しに、山に登りたくなってきました。



posted by miyake at 06:29| Comment(0) | 科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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